「こういうことも可能です」というサンプルとして掲載します。2014年末にご依頼をいただき、2015年1月に作業しました。
写真のGuyatone のアンプ、モデル名は Guyatone reverb Combo GA1030 です。一度 MOD されているものの、サウンドがいまいちとのことで、デラリバクローンに作り直してほしいというご要望が東京の i さんから寄せられました。全くのデラリバクローンというよりも、ワンランク上のTwo Rock や Pro Reverb のクリーンのような音にしたいということです。理想の音として Youtube の音源をいくつかリンクしたメールを頂戴しました。
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Guyatone Reverb Combo GA1030 |
6V6GT を2本使った回路のデラリバをベースとしつつも、6L6を使ったアンプの腰砕けのしない美しいクリーンサウンドでサステインも十分にあるアンプにするにはどうしたらよいのか。というのが今回の命題です。
普通のデラリバにはチャネルが2つ付いています。 Normal チヤンネルと Vibrato チャンネル。
ご要望の仕様はチャンネルはひとつで良いこと、リバーブはいるが、Vibrato は不要とのこと。
ここにこの命題を解くヒントがありました。
【A】 チャンネルがひとつで良いことのメリット
Normal チャンネルの音がフェーズインバーターで Vibrato チャンネルの音とミックスされることは既に当ブログの
真空管で治せるギターアンプの故障 の図で説明いたしました。
ミックスされる部分でVibrato チャンネルの音がNormasl チャンネル側に抵抗を介してわずかながら削り取られています。Normal チャンネルから見れば、わずかながらVibrato チャンネル側に削られています。両チャンネルをミックスするためのミキサー回路は220KΩの抵抗を各々のチャンネルの出力につなぎます。220KΩの先を結んでフェーズインバーターの入力にしています。論理回路風に言うと OR 結線になっています。Vibrato チャンネルの信号は220KΩを通してフェーズインバーターに行くと同時にもう一本の220KΩを通って Normal チャンネルの方向に漏れ出しているのです。Normal チャンネルを弾いているとき Normal チャンネルの信号も 220KΩを通して Vibrato チャンネルに漏れています。
今回はチャンネルがひとつでよく、ミキサー回路そのものが不要となり、他チャンネルへの信号の漏れが生じません。音圧というか迫力を普通のデラリバよりも上げることができます。
しかし、クローンという言葉にフォーカスすると、ある程度は他チャンネルに音が削られているということも「味」のひとつかもしれません。これは実験で確かめてみます。
【B】 Vibrato (トレモロ) が不要であることのメリット
もうひとつの観点は Vibrato が不要ということです。
普通のデラリバは Vibrato チャンネルの出力側、220KΩのところに Vibrato ( トレモロ ) の Intenisty が繋がっています。この Intensity は 50KΩポットです。この 50KΩのポットが Vibrato チャンネルの出力につながっていることで、Vibrato チャンネルの出力信号を弱めているのです。Vibrato がいらないことから、Intensity ポットも不要となり、この部分の信号のロスがなくなり、音は迫力の増す方向にいきます。
【A】と【B】によるメリットを行かせることから、あえて 6L6GC のプッシュプルにしなくても 6V6GT のプッシュプルでお客さまのご要望の音質が出せるという結論になりました。
もしも純粋なデラリバのクローンの音がお望みの場合は【A】と【B】で信号が削られる現象は「味」として残す必要があります。この「味」の部分を残すかどうかは回路をテストしながら、お客さまが理想となさっているサウンドに近いほうに決めることにしました。
【不確定要素】Slope 抵抗の値とフェーズインバーター入力コンデンサーの値
Two Rock のアンプは Fender アンプの回路をベースにしつつも Fender とは異なる部分がいくつかあります。そのひとつはプリアンプの回路に使われている Slope 抵抗の値です。 Fender は 100KΩで Two Rock は 150KΩを使っています。
Slope 抵抗とはプリアンプで音のカーブを作るときに中・低域をどれだけ削るかを決める抵抗です。
この値が大きいほど中・低域を削ります。Two rock アンプのオーバードライブ回路は cascade接続です。クリーン音のプリアンプ回路に直列に増幅段をつないで構成されます。ダンブルのアンプ と同じ考えです。このとき普通に Fender と同じトーンスタック回路にすると OD にスイッチしたときに中・低域がブーミーになってしまいます。そのため、中・低域のゲインを下げる必要があり、Slope 抵抗を大きくとっているのです。言い方を換えますと、ある程度クリーン時の音質を犠牲にしてでも、OD にスイッチした時のサウンドをベストにしてやろうという考えです。
今回のアンプは OD 回路はつけません。
Two Rock の中・低域を犠牲にしたクリーン音がよいのか、Fender のトーンスタックがよいのか、机上ではよくわかりません。そのため、このSlope 抵抗の違いによるアンプの全体のサウンドに与える影響の違いを実験によって確かめる必要があります。
Fender の Slope 抵抗と Two Rock の Slope 抵抗の2本をスイッチにつないで、切り替えられるようにして試奏テストを行い、試奏の結果を元にして当アンプに合う方を選択するという方針にしました。
アンプの現状の状態、回路と部品、部品のレイアウト
GA1030 に現状付いている部品とレイアウトについて検討を行いました。
下の写真が GA1030 の現状の姿です。
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GA1030 アンプの部品レイアウト |
整流管がありません。このアンプはダイオード整流のため、整流管が付いていません。デラリバの音のニュアンスは整流管を使っていることも大きな要素のひとつです。整流方式をダイオードではなく整流管にします。
トランスは全て MercuryMagnetics に交換が必要です。
左の黒いトランスが PT 中央少し右よりに斜めに付いているのが OT です。CT は付いておらず、抵抗で代用されています。CT を新たにつける必要があります。リバーブトランスはなんと回路側に付いています。
リバーブ・スプリングがシャーシーにマウントされています。 外付けの Accutronics に交換が必要です。リバーブスプリングがシャーシーにマウントされていることで、トランスや真空管ソケットの位置が少し無理をしたレイアウトになっています。リバーブ・スプリングを外付けにすれば、空いたスペースを活用し、発振しにくいレイアウトにすることが可能となります。
続いて回路ボードのあるシャーシーの内側が下の写真です。
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GA1030 シャーシーの回路 |
一応オレンジドロップのコンデンサーが使われているものの、GA1030 の回路構成が色濃く残されています。回路ボードも含めて、一から作り直しが必要となります。
【1】部品のディスマウント
まずはじめに全ての部品をシャーシーから取り外( Dismount ) しました。
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取り外した部品 |
ポットも流用できるものはなく全て取り外しました。
【2】シャーシーの加工
最も効率的でありながら、寄生発振とノイズをの問題を起こしにくい配線経路をもったレイアウトをこのシャーシーに実現する必要があります。
現状の電源トランス PT 用の穴の位置に整流管が来るとちょうど良くなります。
PT の四角い穴は別に新しくあけることにし、ハンドニプラーで穴あけしました。
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新しい PT 用の穴あけ |
古いトランスの四角い穴は塞ぎます。四角い穴を塞金属上に整流管用のソケットを取り付けるための丸い穴をシャーシーパンチであけます。
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シャーシーパンチによる穴あけ |
パワーチューブのソケット用の穴のうちひとつはボックス型アルミ電解コンデンサーで使いたいため、新しくパワーチューブ用の穴をシャーシーパンチであけました。
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シャーシーパンチでパワーチューブ用のソケット穴をあけている |
既存の穴を塞ぎ、真空管のソケットとボックス型アルミ電解コンデンサーとリバーブトランス(RT)をつけたのが下の写真です。
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真空管ソケット、ボックス・コンデンサー、RT をつけたところ |
グラウンドはBF デラリバと同じ多点接地方式にします。しかし、何も考えずに多点接地にすると、グラウンドループによりシャーシー上を電流が迷走し、その電流により不要な電圧がグラウンドを介して発生し、アンプのノイズが高くなります。グラウンドループを抑えるために銅の平棒のグラウンド母線を敷設し、グラウンドを流れる電流を統制します。
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グラウンド母線の敷設 |
シャーシーのリアにも新しく穴あけを行い、左から電源のインレット、ヒューズ、パワースイッチ、スタンバイスイッチ、スピーカージャック、リバーブ・ジャック( RCA x 2個) を取り付けました。
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シャーシーのリア |
パイロットランプは新しいものを取り付けました。ジュエルも赤から緑に変更。
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パイロットランプ、左が古いもの、右が新しいもの |
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パイロットランプの取り付け |
【3】回路ボードの製作
部品レイアウトが決まると、真空管ソケットとポットの位置関係が決まります。今度はその位置関係に基づいて抵抗やコンデンサーの回路部品のレイアウト設計をします。
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回路ボードのサイズに切った厚紙の上に部品レイアウトを書き込みます |
設計が済んだらボードを作製します。
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ボードの上にレイアウト図面を貼り付け、ドリリングします。 |
ハトメ (eyelet )を打ち込んでボードが完成します。
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ドリルした穴にハトメ( eyelet )を打ち込みます。 |
レイアウト図に従って実部品を搭載していきす。
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回路ボードに部品を搭載 |
適切な長さの配線材をハンダ付けして回路ボードが出来上がります。
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回路ボードの完成 |
回路ボードの裏側にも配線をします。表側に配線した場合、空中配線となり、他の線に電磁的結合を起こすような線を裏側に配線します。
裏側配線で気をつけることは、配線材どうしの立体交差を極力少なくすることです。立体交差が多いとその交差点で不必要な電磁結合が発生します。下の写真では一箇所だけ交差があります。この2本の線は交差して万一電磁的な結合が起こっても悪い方向にはいかない組み合わせの線です。
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回路ボードの裏側配線 |
【4】バイアス回路の作製
バイスアス回路用のボードを作製し、新しいバイアスポットを取りつけます。
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バイアス回路用ボードとバイアスポット |
バイアス回路用の部品を搭載し、ポットとグラウンドバスとに配線をつけ、完了です。
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バイアス回路の完成 |
【5】トランスの配線
トランスは全て MercuryMagnetics のブラックフェースのデラリバの Tone Clone を使用しました。
電源トランス PT、チョークトランス CT、出力トランス OT、リバーブトランス RT を取りつけ、トランスから出ている配線材を正しく配線しました。
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電源トランス PT の配線 |
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左から OT, CT, PT |
【6】回路ボードの配線
回路ボードとポット、回路ボードと真空管ソケットを配線しました。
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回路ボードの配線完了 |
【7】真空管の選定と装着、バイアス調整
真空管を今日現在でベストと思う組み合わせで選定し装着しました。
その状態でバイアス調整をしました。
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真空管の装着 |
【8】一次テスト
作業【7】まで済んだ状態テストを行ないました。目的は全ての取りつけ作業が正しく行なわれたかどうかを確認することと、発振せずにきれいに鳴るか、ノイズレベルが低いかを確認するテストです。下の写真のようにキャビネットには組み込まず、必要なスピーカーとリバーブパンを接続して行ないました。結果、全て問題なく、良好な音質でした。
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一次テスト |
【9】サウンドの微調整……完全なブラックフェース・クローン回路の検証と切り替え
下の写真のようにロータリースイッチとラグ端子にコンデンサーと抵抗を組み込み、ロータリースイッチの切り替えによってサウンドがどう変化するかをテストする装置をとりつけます。
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サウンド調整用のコンデンサーと抵抗 |
アンプに取りつけたところが下の写真
フェーズインバーターの入力部に取りつけ、【A】Normal チャンネル有りと無しの場合【B】Vibrato回路有りと無しの場合をそれぞれシミュレーションしてサウンドを聞き分けるための仕組みです。
Normal チャンネルやヴィブラート回路そのものをとりつけるのではなく、抵抗とコンデンサーの組み合わせでそれらをシミュレーションするものです。全部で4種類の組み合わせの異なるサウンドが得られます。
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ロータリースイッチの組み込み |
試奏した結果、4種類の組み合わせの中から、2種類の組み合わせが「使える音」として残りました。ロータリースイッチを取り外し、トグルスイッチを取りつけ、2種類のサウンドを切り替えられるようにしました。スイッチを下に倒すと、Normal チャンネルが付いている時と同じように、ある程度の信号を Vibrato チャンネルから削っている状態をシミュレートします。いわゆる「らしい音」になります。スイッチを上げると、その回路的な束縛から外れた少しゲインのある音質になります。この状態を Enhance と名づけました。
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トグルスイッチの取りつけ |
【10】 Slope 抵抗の値の決定……不確定要素の確定
冒頭で述べた【不確定要素】であるトーンスタックのSlope抵抗の値を Fender の 100KΩにするとよいのか、 Two Rock の 150KΩが良い音がするのかを実際に耳で聴いて確かめました。
下の写真のようにシャーシーに DPDT のスイッチを仮止めで取りつけ、そのスイッチで Slope 抵抗を 100KΩにしたり150KΩにしたり出来るようにしました。 この回路は高電圧がかかる部分のため、スイッチはあくまで仮付けとし、後で取り外します。
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Slope 抵抗切り替えスイッチ |
試奏の結果、100KΩのほうがクリーン音の迫力が勝りました。150KΩにすると変におとなしすぎる音、中・低域が少しへこみすぎな感じがしました。
よって、当アンプの Slope 抵抗は100KΩに決定しました。仮止めのスイッチを外し、新しい100KΩを回路ボードにハンダ付けしました。
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100KΩの Slope 抵抗に決定 |
【11】完成
これで完成しました。
アンプのコントロールは左から入力ジャック x 2, Volume , Treble, Bass, Reverb です。
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フロント |
Reverb ポットの右隣には Enhance と BF Clone のサウンド切り替えスイッチが付いています。極端に音質が変化するものではなく、良く聴けば違いがわかる感じ。
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Enhance スイッチ |
アンプのリア
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リア |
電源コードはインレットに差し込むタイプです。
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電源コード |
通常の電源コードに加えて、MercuryMagnertics から出ている Copper-Tone という芯線に高純度の太い銅線を使用したものも試してみました。実はこのコードでも音質は変わります。上の黒いものでも十分に良い音がしました。甲乙付けがたいというか趣味の差が出るというか、私にはどちらも有り。赤いほうが少しパワー感が増す。黒いほうが細かいニュアンスが出る。ということでどちらで出荷するか迷った挙句、両方お付けして出荷しました。どちらにするかはお客さまに決めてもらおうという安易な考えです。
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Copper-Tone |
以上です。
修理やオーバーホールするよりもこういう仕事の方がやる側としては楽しいのは事実です。