彼の仕事はプロミュージシャンのローディー( roadie )です。音楽設備・楽器のテクニシャンとしてライブやレコーディングなどの現場で音響機器の運搬・設営、楽器の調整、修理などをしています。真空管ギターアンプの回路修理もできるようになりたいと常々思っておられ、独学で色々学んでおられました。 しかし、本を読むだけではなかなか力がつかず、ぜひ私のところに来て学びたいという主旨のメールを送ってこられたのが3月の終わりでした。
こちらとしても、修理の予約のバックログを抱えているうえに、GAMPS 起業10周年企画のアンプ製作もあり、はじめのうちはどうしようかと迷っていました。しかし、ヒカル君の情熱、勉強熱心さ、礼儀正しさにキラリとヒカルものが伺え、お引き受けした次第です。
ローディーという職業は U.S. などでは広く認知されているし、人々は正しく理解しています。しかし、日本国内ではまだまだ正しく理解されてはいないようで、人に、これこれこういう仕事をしていますと説明してもいまいちな反応しか返ってこないそうです。そこは私とて全く同じです。「今何の仕事をしている」のと聞かれ、「ギターアンプの修理をしたり、製作したりしてるねん。」と応えると、「ああそう、すごいね。」の後に何も続かなかったり「ああアンプね、レコードの音をスピーカから出すやつね。」というような反応。彼と共通する境遇でもあります。
【講義の内容】は、
ギターの信号がシールドから入力された後、複数ある増幅段の経路をとおり、最終的にスピーカーから音として出力されるまでを回路図上で読み取れるようになるための知識。
何段かあるプリアンプの増幅回路の増幅ゲインを決定する電気回路の仕組み。
パワーアンプの増幅の仕組み。
それらの仕組みを理解したうえで、どの抵抗を大きくしたり小さくしたりするとゲインを上げたり下げたりできるか。過去に失敗した例や私が実験した音質を変化させる事例などをお話しました。
ねらいは、回路図を理解したうえで、自分の頭の中で抵抗値やコンデンサー値を動かすとサウンドはこういう方向に行くという正しい感覚に変換して、実物のアンプに適用できる力を養うことです。
トランスの仕組みや電源回路の構成方法、グラウンドの考え方をお話した上で、ノイズに強いアンプにするにはどうすればよいかを自分の頭の中で考えられる力をつけることもねらいとしました。
私がノウハウとして持っている抵抗やコンデンサーの種類に応じてサウンドに及ぼす効果がどのように違うのかも包み隠さずお話しました。
交流に対する抵抗であるインピーダンスについては既に十分な経験と知識がおありでした。その部分のアンプの回路配線への応用の話はとてもスムーズに済みました。
【実習の内容】は
今回はヴィンテージのツインリバーブを実習機として使いました。いくつか候補はあるものの、Fender の中ではミュージシャンが使う頻度が多いだろうということで、ツインリバーブにしました。
回路図を眺めながら実機で信号の流れを確認してもらいました。
回路図に照らして信号の流れを TwinReverb の実機で確認中 |
作業は全て桑元さんに自分で実施して体験してもらいました。
ヒカル君自ら交換さしたトーンスタックコンデンサー |
アルミ電解コンデンサーは「年数が経つと交換すべき」との私の持論についても、交換前と交換後の音質の劇的な変化にびっくりされていました。音が際立ち、音の元気さと音の繊細さが蘇るのをご自分でコンデンサー交換なさり体験していただきました。
ヒカル君みずから交換したアルミ電解コンデンサー Filter Cap |
驚いたのは桑元さんの勉強熱心さです。講義と実習は朝の10時にスタートし、夕方5時に終わるというスケジュールです。彼はきっちり朝10時に一分たりとも遅れることなくホテルからやってきました。こちらの書棚にあったいくつかの参考書を指差して「これを借りて帰ってもよいですか」と言われ、貸し出しすると、ホテルに持ち帰り、毎日最低一冊は読破してきました。おそらく5時以降はホテルに帰り、ひたすら読書していたのでしよう。
作業をしている最中はとても集中なさり、合間の休憩時間にはギターサウンドについてお互いの談義がつきませんでした。
英語の勉強とギターアンプの知識の補強をかねて Gerald Weber の本を一冊差し上げたところ、とても喜んでくれました。
彼にとっては充実した4日間になったと思います。しかし、知識や技能・経験を戦力として使えるものにするには時間をかけて自分の頭の中に整理し定着させる必要があるのも事実。こちらが言わずとも、既にご存知でした。帰ったら一ヶ月間自分なりに色々試してみて、疑問点や質問項目をまとめて6月に再度来たいとのことです。
もちろん私も大歓迎。彼が来ている間は自分の時間が取れないという不便はあるものの、ひたむきで知識欲旺盛で礼儀正しい若者との時間は私にとってもかけがえのない時間でした。私のところへ修理の依頼をなさるお客さまに、私が自信を持って「桑元さんのところなら安心ですからそちらへどうぞ」とご紹介できる日が将来やってくるといいなと思っています。
彼のコミュニケーション能力は研修の講師としてコミュニケーション講座をお教えする必要が全く無いレベルの状態にまで優れているということも一つの要因です。いろいろな体験をなさり、社会的・人間的な経験を積まれておられることが彼の強みです。
弟子きたりて教えられ……でした。
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